年齢。

年齢を考えるという習慣は、私には全くなかった。
知人の年齢が幾つであるのかということにも関心は全くなかった。
世の中の価値観あるいは常識が変化して、若ければ若いほど良い、とされる分野があると思えば、
年齢を重ねた方が良しとされる分野もある。しかしながら、大方、年を重ねるということにさほどの価値が置かれなくなっていることは確かである。年を重ねていても若者と同様な印象にあれば褒められる。それだけ老若の世代の間の様々な違いが大きくなっている、ということであろう。また、それだけ近年になって生まれた様々なテクノロジーを操ることができるか否かという点に暮らしの重心がかかってきているということでもあろう。人生の大半を自分の頭と自分の手を使って生き抜いてきた世代と情報テクノロジーの洪水の中に生まれ落ちた若年層との間には、大きな溝が横たわっている。たとえ、見事にテクノロジーを使いこなし得る老年層の存在があったとしても、彼らと若い人々の間には、思考のギャップがある。深い思索の習慣、詩的な感受性、合理的な観方、論理的な考え方。